| 年表 |

1982年(昭和57年) 「青年の年」

月日
広布史
詳細/社会
01/10
秋田指導(〜15日)。秋田文化会館(当時)に着くまでに9ヶ所で“街頭雪の座談会”が行われる。この間、9300人の同志が師のもとに集う。
01/13秋田・沼田児童公園にて3000名の同志と記念撮影。 
01/26創価学会平和委員会を設置。
『戸田城聖全集』第2巻(質問会編)
 
05/20第272回本部幹部会(千葉・市川市 市民体育館)。婦人部長に秋山栄子さん、青年部長に太田昭宏氏、男子部長に浅見茂氏、女子部長に佐野由美子さんが就任。先生は未参加。 
05/23第3回新宿家族友好運動会(新宿区内)の会場を訪れ挨拶。青年部の代表に和歌と句を贈る。
長崎指導(〜27日)。長崎県諌早市を14年ぶりに訪れ、諫早池田文化会館を初訪問。記念植樹のあと、長崎池田青年塾の開館テープカット、引き続き代表メンバー、近隣の同志と記念撮影。代表幹部と懇談。長崎音楽隊のメンバーと勤行。
 
05/244回にわたる長崎の自由勤行会(諫早池田文化会館)。代表幹部に数首の和歌を詠む。 
05/25長崎文化会館を訪問。近隣の友と勤行。長崎学生部による展示を鑑賞。
長崎市・平和公園を訪れ、原爆犠牲者の冥福を祈り、献花。
夕刻、高田勇長崎県知事、本島等長崎市長、野田次三諫早市長、鐘ケ江菅一島原市長、賀来宗光病院院長と懇談(諫早文化会館)。
夜、功労者宅を訪問。
 
05/26長崎県幹部会(諫早池田文化会館/先生出席)。 
05/27九州男子部の新愛唱歌の発表会(諫早池田文化会館)。
各県長と懇談(諫早青年塾)。
 
06/03「核兵器――現代世界の脅威」展の海外巡回が、ニューヨークの国連本部からスタート。 
10/15
「月刊ペン事件」差し戻し審の第27回公判(東京地裁)に検察側の証人として出廷。 
10/20
「山崎正友恐喝告訴事件」の第29回公判に検察側の証人として出廷。 
10/27
「山崎正友恐喝告訴事件」の第30回公判に検察側の証人として出廷。 
11/18戸田先生に歌を捧げる  
11/23「創価新報」創刊。 
  

 

1982年(昭和57年) 「青年の年」

| 年表 |